第2回「あらゆる企業にESG経営が求められる」

第1回は、ESG投資やESG経営とは何か、ESG経営の成功例などについて、慶應義塾大学総合政策学部教授職を務める白井さゆり教授に解説いただきました。第2回では、企業がESG経営に取り組むべき理由、そのために必要な取り組みについて解説します。

第2回のポイント

・あらゆる企業がESG経営に取り組むべき理由
・企業のサプライチェーンを取り巻く3つの視点とは
・まず企業が取り組むべきことは何か

慶應義塾大学総合政策学部教授
白井さゆり教授

ESG経営に取り組まないとグローバル競争に勝てない

ここ数年、上場企業を中心にESG経営に取り組む企業が増えてきました。企業のESGへの取り組みを重視するESG投資が増えたことにより、これまでの短期的な利益拡大や株価上昇を目指すかつてのアメリカ型企業経営手法では評価されなくなったのです。しかし、企業がESG経営にすぐに取り組めるかというと、そうとは限りません。

「例えば、SDGsの観点では、温室効果ガス排出量が多い電力会社がまず再生エネルギーにシフトすべきだという考え方があります。しかしながら、電力会社にはこれまでのビジネスモデルがあります。再生エネルギーや水素燃料にシフトするには多大なコストがかかります。また、日本の企業は原材料の輸入が多いですが、そうした現在のトレーサビリティ(物品の原材料の調達から生産、消費・廃棄まで追跡が可能な状態にすること)の確立も必要です」(白井教授)

白井教授は、ESG経営は今後の日本の企業にとって必須だが課題もあると説明します。

「日本市場だけでなく、グローバル市場を見据えていかないと、企業は生き残っていけない時代です。グローバルではESGへの取り組みが必ず問われるので、今から取り組みを始めていくべきなのです。一方で、長期的な投資ではなく短期間の取引で収益を得ようとする投資家もいますから、ESG経営に力をいれた結果、利益が下がることも問題になります。全ての投資家が必ずしもESG投資家ではないため、難しい問題です」(白井教授)

今後は企業に、ESGに取り組みながらもしっかり営業利益を出していく、そうしたバランスが求められるようになるのです。

「ネットゼロ」の実現のため、中小企業にもESG経営が要求される

ここまで読んできて「非上場の企業にはESG経営は関係ないのでは」「国内取引が中心の中小企業にはESG経営は必要ないだろう」そのように思った方もおられるのではないでしょうか。

確かに、ESG経営に積極的とされる企業は、第1回で取り上げたA社など大企業や上場企業が中心です。しかし、今後は中小企業にもESG経営が求められるようになるのです。

「将来的にあらゆる企業にESG経営が求められる理由は、CO2排出『ネットゼロ』を目指す企業が増えてきたことにあります」(白井教授)

ネットゼロとは、自社のCO2排出量だけではなく、その製品のサプライチェーン全体のCO2排出量を実質ゼロにすることです。サプライチェーンとは、製品の原材料調達から製造、物流、販売、使用、廃棄に至るまでの一連の流れのことです。

サプライチェーン全体の排出量を考える際に、世界的に用いられているのが「スコープ1」、「スコープ2」、「スコープ3」という分類です。

「スコープ1」とは、燃料を燃やすなどにより、企業が自社で直接排出しているCO2を指します。

「スコープ2」は、自社で使っているエネルギーによる間接的なCO2排出のことで、例えば、工場やオフィスで使った電気を作るために電力会社が排出したCO2が該当します。

「スコープ3」は、自社以外のサプライチェーンにおけるCO2排出です。スコープ3は、さらに上流と下流に分けられます。上流は原材料や部品の製造、それらの輸送、雇用者の通勤などから排出されるCO2、下流は製品の輸送や製品の使用、販売した製品の廃棄によって排出されるCO2です。これらのスコープ1、2、3の合計がサプライチェーン全体の排出量となります。

ESG経営を進める大企業が「ネットゼロ」を目指すには、部品の調達先企業に対してもCO2排出量削減を要請することになるため、今後は中小企業もESG経営に取り組んでいく必要があるのです。

白井教授は、金融機関からの要請もあると説明しました。

「日本のメガバンクも2050年までに『ネットゼロ』にすると約束しており、株主にその進展を見せていかなくてはなりません。そのためにはスコープ3、つまり自行の投融資先の行動を変えていかなければならないのです。これからは、金融機関から資金を調達している企業が、ESG経営への取り組みを金融機関から問われるようになるでしょう」(白井教授)

ESG経営は持続的な企業価値の向上につながる

将来的に、すべての企業にESG経営が求められる方向ではあるものの、現実問題としてESGへの取り組みにはコストがかかります。企業の事業の売上や収益を拡大しながらESG経営に取り組むことは生易しいことではありません。

「欧州では、ESGを重視していた経営トップが短期的な収益を重視する株主から利益や株価が低迷したことを追及され、辞任に追い込まれたケースもあります」(白井教授)

しかしながら、リスクを機会と捉え、果敢に取り組む企業も増えています。

ESG経営のメリットとしては、以下が挙げられます。

まず、事業拡大の機会が増えます。気候変動問題対策としてグリーンビジネスを手掛ける企業も出てきています。ESG投資家の賛同が得られ、資金調達に良い影響を与える可能性もあります。

また、ブランドイメージにおける効果もあります。企業が地域・社会に貢献していることをアピールできます。社会的な責任を果たしている証として、従業員の働く意欲や採用活動にもプラスの影響を与え、持続的な企業価値の向上に繋がっていくでしょう。

ESG経営と収益性との関係性の解明はまだ緒についたばかりですが、CO2排出量の削減が数年後のPBR(株価純資産倍率、投資判断指標の1つ)の改善に繋がったという因果分析もあります。特にCO2排出量はスコープ3が大きく影響するとされており、自社だけでなくサプライチェーンを巻き込んだ長期的な取り組みが重要であることを示唆していると考えられます。

まず企業が取り組むべきは「E(環境)」から

ESG経営を行うには、環境、社会、ガバナンスの3つの観点からの活動の見直しが必要ですが、これからESG経営に取り組みたいと考える企業は、何から始めたら良いでしょうか。

白井教授は、まず「E(環境)」に関連するTCFD提言をチェックすることが先決だと語りました。

「日本では経済産業省と経団連がTCFDを掲げて推進しています。世界で3000強の企業や金融機関などがTCFD提言に賛同していますが、日本は約800と世界で最も多いです。

大手企業は、気候変動の観点から自分達の企業活動にとって、何がリスクになり、何がチャンスになるかということの洗い出しを始めています。企業はまずそこからやるべきです」(白井教授)

「G(ガバナンス)」については、ガバナンスの改革が必要となります。具体的には、取締役会の監督機能の強化が不可欠です。そのためには、経営と監督の分離が必要で、「独立性」の確保が大前提となります。国際的には、社外取締役が少なくとも過半数に達しなければ、十分な「独立性」が担保されているとはいえません。また企業の環境社会を重視した経営に転換を促し、株式持ち合いをもっと減らし女性管理職比率を向上させるなど、やるべきことの一定のコンセンサスが得られています。

「S(社会)」に関しては、日本は働き方改革など欧米に比べ遅れていると言われていますが、最近は人権意識が高まり、人権尊重の方針を掲げてデューデリジェンス(投資先のリスクリターンを適切に判断するために、経営・財務状況などを調査すること)を行う企業も増えています。

ESG経営を成功させるには経営陣が率先して行動することが第一ですが、従業員にも徹底する必要があります。

「経営陣だけが意識を高くしてもそれだけでは不十分です。従業員全員の意識改革を進めることなしにESG経営は実現できません。そのためには社員教育も大切です」(白井教授)

以上、ESG経営が企業価値を高める理由や、ESG経営に取り組む際のポイントについて説明しました。最終回の第3回では、ESG経営の実現に重要な非財務情報開示の方向性やDXとの関わりについて、引き続き白井教授に解説していただきます。

今回のまとめ

●グローバル競争で生き残るためにESG経営に取り組まないといけない
●大企業だけでなく、あらゆる業種・企業にとってESG経営が必要
●ESG経営に取り組むことは、長い目で見て企業価値向上に繋がる
●まず「E(環境)」の観点からTCFD提言をチェックすべき

コラムトップ
第1回「最近注目が集まっているESG経営とは」
第2回「あらゆる企業にESG経営が求められる」
第3回「ESG経営にDX(デジタルトランスフォーメーション)が重要な理由」