第1回「最近注目が集まっているESG経営とは」

第1回では、ESG経営とは何か、SDGsやESG投資との関わり、ESGに注目が集まっている背景、世界の潮流を解説します。

第1回のポイント

・ESG経営とは何か、SDGsとの関わり
・ESG投資とは何か
・ESG経営のモデルケース
・海外と日本のESG経営に対する温度差とその原因
・上場企業に求められる気候変動に関する情報開示義務とは

慶應義塾大学総合政策学部教授
白井さゆり教授

ESGはSDGsのサブセット

ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の英語の頭文字をとって作られた言葉です。企業経営のサステナビリティを評価するという考え方が広まり、これらの3つの観点から企業を分析して投資を行う「ESG投資」が世界的に注目されています。また、企業の立場からESGに積極的に取り組む経営を「ESG経営」と呼びます。ここ数年、SDGsという言葉がテレビのニュースや新聞などでよく登場するようになりましたが、このSDGsとESG経営の間には密接な関係があります。

SDGsとは、2015年に国連総会で採択された、17の世界的目標からなる持続可能な開発目標のことです。SDGsは、2030年までの15年間で達成すべき目標を定めたものですが、特に気候変動が重視され、温室効果ガスの排出量削減が不可欠となっています。

「企業がESG経営を行う際、多くの企業がSDGsの17の目標のうち『どの目標が自社と関係があるか』ということを挙げます。SDGsを達成するために最も貢献するのは、経済的影響が大きい企業であり、最終的にはSDGsを目指しています。その中でも企業の行動を投資家目線で変えて行こうというのがESG投資です。いわばESGはSDGsのサブセットだと言えます」(白井教授)

世界のESG投資額は約3,900兆円、ESG投資家が企業に強く求めるESG経営

世界のESG投資は年々増えています。ESG投資額の統計を集計している世界持続可能投資連合(GSIA)によると、2020年の世界におけるESG投資額は35兆ドル(約3,900兆円)であり、2018年から15%増加しています。

ESG投資、ESG経営が世界的に注目されている背景ですが、ESG経営について本格的に注目されるようになったのは2000年頃にさかのぼります。2000年に国連主導の「グローバル・コンパクト・イニシアチブ」が発足し、企業に対して人権、労働、環境などに配慮した経営を求めるようになりました。続く2006年にESG投資についての国際的なイニシアチブが始まり、機関投資家や資産運用会社に対して、「国連責任投資原則(PRI)」が掲げられました。この原則は、これまでのリスクとリターンに加えて、ESGも考慮して責任ある投資をしましょうというものです。日本を含む、世界中の大手の機関投資家や資産運用会社がPRIに署名しています。

日本では、そうした国際社会のニーズに応え、高い国際競争力を維持し続けるために、2014年に「スチュワードシップ・コード」が制定され、2015年に「コーポレートガバナンス・コード」が制定されました。どちらもイギリスのやり方を参考にしたものです。スチュワードシップ・コードとは、機関投資家に対してもっとサステナビリティの観点から企業に働きかけるようにという原則です。コーポレートガバナンス・コードは、企業に対して中長期的に稼ぐ力を高めるための取締役会構成の見直しや情報開示を求める、ガバナンスを改革するという原則です。この2つの原則がESGを後押ししました。

「以前は、少数株主の意見は相手にされませんでした。しかし『スチュワードシップ・コード』の精神は、少数株主も対等に扱うことです。つまり、少数株主が会社に対して求めたエンゲージメント(目的を持った対話)を、企業が断ることはできないのです。例えば、『CO2排出量をきちんと開示して欲しい』『人権に対する取り組みはどうなっているのか』といった意見や要望が少数株主だけでなく多くの投資家、特に長期投資家からそういった要求が出されるようになってきた、これが世界の潮流です」(白井教授)

こうしたESG投資家が、企業に対しESGに関わる行動変革を強く促すこととなったのです。

ESG経営のモデルケース

SG経営のモデルケースとして、白井教授はイギリス・ロンドンに本社を置く世界有数の一般消費財メーカーA社を挙げました。

「ESG経営の成功例の筆頭がA社です。これに匹敵する企業はありません。例えば、マレーシアにはRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)という世界的に知られている認証制度があります。このRSPOは、A社と複数の企業や団体が主体となって創設されました。単に自社だけで頑張っているのではなくて、活動によって世界を変えようとしています」(白井教授)

さらに、脱炭素社会の実現を目指すため、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわちカーボンニュートラル「ネットゼロ」という目標を各国が定めており、さまざまな企業も掲げています。日本政府では2050年までに「ネットゼロ」の実現を目指しています。

「A社では、2039年までに『ネットゼロ』実現を掲げています。プラスチックの再利用や再々利用をしたり、砂糖の使用量を減らしたアイスクリームの開発など健康重視のさまざまな商品開発をしたりするなど企業努力を行っています。ESG経営を行うにはさまざまなコストがかかりますが、A社の素晴らしいところは、ESG経営を行いながら売上と利益を上げているところです。コロナ禍でも売上げが伸び続けています」(白井教授)

海外と日本のESG経営への温度差の要因は、社会の意識の違い

海外と日本のESG投資に関する状況をみてみましょう。 2018年から2020年にかけて、米国と欧州の合計で、世界のサステナブル投資資産の総計に占める割合は80%を超えています。一方で日本は8%に留まっており、過去2年間でその割合はあまり変化していません。

なぜ海外と日本でESG経営への取り組みの温度差が生じているのでしょうか。白井教授は、市民そのものの意識の高さの違いにあると指摘しました。

「海外、特に欧州では、弁護士、大学教授、NGO、NPO、小規模企業、あらゆる層の意識が高いです。それは長い歴史の中で醸成されてきたものです。ESG投資家も意識がすごく高い。特に北欧系はとりわけ高いと感じます。社会全体の意識が高く、政府に積極的に働きかけているのです」(白井教授)

日本では、SDGsに関心を持ち、エコバッグを使う、マイ箸を持ち歩くという人も次第に増えてきましたが、ESGではそれを遙かに超えた市民の努力が必要になると白井教授は強調しました。

「できるだけ歩く、自転車や鉄道で移動する、CO2やメタン排出量が多い食品の摂取を控える、ESG経営に取り組んでいる企業の製品を多少高い値段であっても積極的に買う、そういった意識を持っていない、或いは行動していない人が多いのが日本の現状であり、一朝一夕には進まないでしょう」(白井教授)

白井教授は、日本ではESG経営で特筆すべき企業がまだ少ないのが現状と前置きした上で、ある日本の上場企業を高く評価しました。

「そのメーカーはグローバルに展開しており、人権を尊重する方針を掲げています。以前、ある海外企業と合弁で事業を行っていたのですが、その海外企業が人権尊重に反する行為を行ったことで資本関係を解消したのです。そのメーカーとしては事業上大きな損失となりましたが、自社のESGの方針に合致しないことに対して果敢に行動したそのメーカーを私は評価しています」(白井教授) 

世界のサステナブル投資資産の地域別比率2020

世界のサステナブル投資

注:欧州とオーストラレーシアでは、サステナブル投資の定義に大幅な変更が加えられたため、地域間及び以前のレポートとの直接の比較は正確にはできない。

グローバル・サステナブル・インベストメント・アライアンス(GSIA)「グローバル・サステナブル投資白書2020」より

ESG経営を後押しする、上場会社に対するTCFD開示

ESGの3つの要素の中でも緊急度が高いのが、「E(環境)」、特に気候変動に関わる問題です。地球温暖化を止めるには、温室効果ガス排出量の削減が急務であり、気候変動に関わる情報を企業に開示させる仕組みが必要です。

そこで設置されたのが、「TCFD」(気候関連財務情報開示タスクフォース)です。TCFDは、2015年にG20の要請を受けて設置され、2017年にTCFD提言が公表されました。TCFD提言は、気候変動に対する企業の情報開示の枠組みとなるもので、その提言に基づいた情報開示はTCFD開示と呼ばれています。

日本でもTCFDへの取り組みが進んでいます。東京証券取引所の再編によって2022年4月に新たに誕生した「プライム市場」では、上場する企業にTCFD開示を求めています。それを規定しているのが、2021年6月に改訂された先述の「コーポレートガバナンス・コード」です。最新のコーポレートガバナンス・コードには、「プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」という文章が追加されました。これによって、プライム市場に上場する企業はTCFD開示を否応なく迫られます。TCFD開示はあくまで気候変動に関わる情報のみの開示で、ESGに関わるすべてを開示するわけではありませんが、ESG経営への強い追い風となるでしょう。また企業の環境に関する情報開示は、気候変動から徐々に生物多様性や自然資本の維持に広がっており、近い将来、こうした観点からの経営改善が求められるようになるでしょう。

以上、ESG投資およびESG経営の概念、ESGに注目が集まっている背景などについて解説しました。第2回は、ESG経営を行うメリットや、そのために必要な取り組みについて、引き続き白井教授に解説していただきます。

今回のまとめ

●ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を意味する
●ESG投資額は年々増加し、ESG投資マネーが企業に対しESGに関わる行動変革、ESG経営を強く促している
●ESG経営が最も進んでいるのは欧州、日本との温度差の原因は市民や社会の意識が根底にある
●2022年誕生のプライム市場の上場企業は気候変動に関する情報開示が必須である

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第1回「最近注目が集まっているESG経営とは」
第2回「あらゆる企業にESG経営が求められる」
第3回「ESG経営にDX(デジタルトランスフォーメーション)が重要な理由」