第5回 サステナビリティ情報開示の先進企業が「ビジネスチャンス」を生む

これまで4回にわたって、サステナビリティ情報開示義務化やカーボンプライシング制度に関する世界と日本の最新動向を解説してきました。
最終回となる今回は、サステナビリティ情報開示が企業にとって、新たな「ビジネスチャンス」になり得ることを白井教授に解説いただきます。

第5回のポイント

・CO2排出量データは、開示・取引・投資判断を支える世界共通の基盤情報になりつつある。
・SSBJ、GX-ETS、CBAMなどの制度対応は、企業経営に直結する課題である。
・制度対応はサステナビリティ関連部門だけでなく、財務・生産・購買を含む全社連携が必要。
・排出量や気候リスクの可視化は、コスト削減や生産性向上など経営に直結する。
・信頼性の高い排出量データを経営に活用する企業が競争力を高め、市場で優位となる。

慶應義塾大学総合政策学部教授
白井さゆり教授

サステナビリティ情報開示対応は特定部門だけのテーマではなく全社的な課題

―2027年3月期からのサステナビリティ開示基準の義務化の対象は、時価総額3兆円以上のプライム上場企業です。対象企業ではどの部門で何をすべきか教えてください。

白井: TCFDといった任意開示への対応は、これまでIR室やCSR推進室といった部門が主体となり取りまとめることが多く見受けられました。今後は、サステナビリティ情報開示の義務化が進むことに加え、GX-ETS制度への対応も求められます。これらは企業経営に直接関わる事項であることから、財務、経理、生産、購買、経営企画、法務部門等が有機的に連携し、全社的に対応することが重要です。もちろん、経営トップが先導することが重要なことは言うまでもありません。最近では、サステナビリティの視点を踏まえた経営を促進するため、社長を筆頭に部門横断的な組織を設置する動きも見られます。

サステナビリティ情報開示への対応は、もはや特定部門だけのテーマではなく、全部門が関心を持ち進めるべき課題になっているといえます。

―サステナビリティ情報開示への対応は、企業にとって業務負荷が高く、コストと受け止められがちです。先生のお考えを教えてください。

白井:企業は、サステナビリティ情報開示対応を「コスト」と捉えるのではなく、「ビジネスチャンス」として前向きに捉えるべきでしょう。

サステナビリティ情報開示において、特に共通性の高いデータが「温室効果ガス排出量」です。いわば世界共通の指標といえるものです。こうした開示は単なる負担ではなく、企業競争力を高める取り組みとして捉えるべきです。

第一に、排出量や気候リスクを可視化することは、経営効率の向上につながります。温室効果ガス排出量を把握するためには、エネルギー使用量、原材料の投入量、さらにはサプライヤーとの関係まで含めて見直す必要があります。その結果、コスト削減や生産性向上といった、本質的な経営改善につながる可能性があります。これが最も大きな意義の一つです。

第二に、信頼性の高いデータを継続的に開示できる企業は、投資家からの評価が高まる可能性があります。今後、世界的に情報開示の枠組みが整備されていく中で、株主資本コストの低下や、ESG投資家からの資金流入拡大といった恩恵が期待されます。そのデータの信頼性を担保するうえで重要になるのが、ISSB基準に基づく開示と保証です。特に温室効果ガス排出量については、第三者保証を受けた形で開示することが求められます。

第三に、サプライチェーンにおける優位性確保の観点です。CBAMの例のように、製品単位で排出量を把握し開示することが取引条件となる場面が増えていくと考えられます。ISSBの開示自体は企業単位が基本ですが、実務上は製品単位まで落とし込んだ、より精緻な排出量管理が求められていくでしょう。

排出量データを活用して経営の質を高め、市場で優位に立つ

―最後に、日本の企業への提言をお願いします。

白井:これからは、上場企業だけでなく、その取引先である中小企業のサプライヤーに対しても、より詳細で正確な排出量データの提示を求める圧力が一層強まるでしょう。透明性やトレーサビリティを確保し、信頼できるデータを提示できる企業こそが、優れたサプライヤーとして選ばれる時代になっていくはずです。

重要な点は、これまでのサステナビリティ開示では、財務データとサステナビリティデータが十分に連携していなかったという点です。従来は、財務情報に加えて別枠でサステナビリティ情報を示す、いわば「プラスアルファ」の位置づけにとどまっていました。現在は、排出データをはじめとするサステナビリティ情報が、財務情報と結び付く段階に入ってきています。さらに、ISSB基準の中には「戦略」に関する開示項目があります。そこでは、例えば排出削減をどのように実現していくのか、設備投資が削減目標の達成にどのようにつながるのかといった点について、より具体的に示すことが期待されています。現時点では義務ではないものの、世界的にはそうした方向への議論が進んでいます。

つまり、企業は単に開示を行うだけではなく、経営戦略や投資判断と結び付けた形で、実効性のある情報を示していかねばならない時代に入っているのです。サステナビリティ情報は、企業財務に本格的に関わる重要な経営情報であるという認識を持つことが必要です。

これからは、情報開示のために集めたデータを、いかに経営に活用していくかという視点が極めて重要です。制度対応にとどまらず、排出量データを活用して経営の質を高め、規制強化を競争力向上の機会と捉えて取り組む企業が市場で優位に立つのです。

最後に

既に多くの企業が対応を進めている一方で、制度対応に追われるあまり、データを「集めること」そのものが目的になってはいないでしょうか。
これからの時代に求められるのは、サステナビリティ情報を単なる「開示のためのデータ」で終わらせず、経営に活かせる情報として一元的に管理し、活用していくことです。

NTTデータグループが提供する Biz∫(ビズインテグラル) は、収集したサステナビリティデータを経営判断や戦略に結び付けるための基盤を提供します。
サステナビリティ開示や排出量管理に関する課題に対して、当社グループが一体となって支援します。ぜひお気軽にご相談ください。

参考:世界の炭素制度の一覧

CO2排出量データが各国の制度や国際取引、投資判断を横断する重要な基盤データへと変化していることが世界のトレンドです。この動きはEUや日本に留まらず、アジア各国においても、排出量取引制度や炭素税の導入・検討が進んでおり、将来的には排出量データが域内取引やサプライチェーン評価においても重要な情報基盤になる可能性が高まっています。この観点から、これまでに登場した各制度を以下の通り整理します。

・ISSB基準:ISSBが策定した、企業がESG(環境・社会・ガバナンス)情報を世界共通のルールに基づいて開示するための国際基準。投資家が異なる国の企業を公平に比較・判断できることを目的とし、財務諸表と同じ水準の信頼性ある情報開示を求める。

・SSBJ基準:日本のSSBJが2025年3月に公表した、日本独自のサステナビリティ情報開示ルール。国際基準であるISSB基準と同等と評価されており、2027年3月期からプライム上場企業の一部を対象に段階的に義務化される。

・EU-ETS:EUの排出量取引制度。世界に先駆け2005年に導入された。EU域内の発電所や工場、航空・海運業など約1万施設を対象に、温室効果ガス排出量にキャップ(上限)を設定し、枠を超えた企業は排出枠を売買する「キャップ&トレード」方式で、効率的な脱炭素化を促す制度。

・GX-ETS:日本の排出量取引制度。2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、企業の排出削減目標に基づき、温室効果ガス排出枠の過不足を取引する仕組み。

・J-クレジット:日本のカーボンクレジット制度。省エネ機器の導入、再生可能エネルギーの活用、森林管理などにより削減・吸収された温室効果ガス(CO2など)の量を、国が認証し「クレジット」として発行する仕組み。国際的な基準との整合性や透明性の面で課題も指摘されている。

・JCM:日本が途上国等と協力し、優れた脱炭素技術を導入して温室効果ガスの排出削減・吸収を実現し、その成果を両国で分け合い、クレジットとして獲得する仕組み。日本のNDC(削減目標)達成に活用される、官民連携の二国間クレジット制度。近年は、アジアを含む各国で、パリ協定6条に基づく二国間クレジット制度や国際炭素市場の活用に向けた議論も進んでいる。

・CBAM:EU市場に域外諸国から輸入されるセメント、アルミ、肥料、電力、水素、鉄鋼について、製品当たりの炭素排出量に基づく証書の購入を求める炭素国境調整措置。2026年1月から開始。カーボンリーケージを防ぎ、公平な競争条件を確保することが目的。

・アジア各国の炭素制度の状況:各国で排出量取引制度や炭素税の導入が進みつつあり、日本企業にとっても将来の域内取引やサプライチェーン評価への影響がある。

(文責:ISBマーケティング株式会社)

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