第4回 アジアの排出量取引制度や炭素税の動向と二重データ開示負担に対する対応策
前回は、EUが2026年から運用を開始した炭素国境調整措置CBAMと、日本の企業に与える影響について、解説しました。 第4回目は、アジア各国のカーボンプライシングの動向と日本企業への影響について、白井教授に解説していただきます。
第4回のポイント
・アジア圏では韓国・中国・ニュージーランドに続き、インドネシアでもETS整備が進み、炭素税導入の動きが広がっている。 ・ISSB基準の情報開示の普及も加速し、上場・非上場企業に限らず適用範囲を広げる国もある。 ・JCMは「二国間クレジット制度」であり、森林資源国を中心にカーボンクレジット創出の有力な制度として注目されている。 ・カーボンプライシング制度による規制対応、情報開示、クレジット創出を連動する潮流として捉える。 ・制度ごとに要件が異なる排出量データを再利用しやすい形で整理・統合管理することが重要。

慶應義塾大学総合政策学部教授
白井さゆり教授
目次
ETSや炭素税、ISSB基準への対応が進むアジア諸国
―EUが先導する形で、温室効果ガス排出に価格を付けることで脱炭素を目指すカーボンプライシングの仕組みが徐々に普及しつつあり、企業活動への影響が今後大きくなりそうですが、アジア諸国の動向について教えてください。
白井:カーボンプライシング制度の導入・検討は着実に進んでいます。代表的なカーボンプライシング制度である、ETS(注1)と炭素税の導入状況は次の通りです。
ETSについては、韓国、中国、ニュージーランドですでに導入が進んでいます。インドネシアでも制度の整備や運用開始に向けた動きが見られます。
炭素税については、シンガポールがすでに導入しているほか、マレーシアでも導入に向けた検討が進められています。
サステナビリティ情報開示の面では、ISSB基準の広がりが非常に速い点も注目されます。アジア各国の金融当局には、投資家から資金を呼び込みやすい市場を整備したいという強い意向があり、日本よりも適用対象企業を拡大する動きが見られます。特にマレーシアとフィリピンでは、すべての上場企業を対象とする方向で制度整備が進められているだけでなく、非上場企業についても適用開始時期が明確に示されています。
カーボンクレジットでは二国間でのJCMが重要に
―アジアにおけるカーボンクレジットの位置付けについて教えてください。
白井:カーボンクレジットの中でもJCM(注2)は、今後のアジアの脱炭素政策を考えるうえで重要な制度の一つです。JCMは、「二国間クレジット制度」と呼ばれ、途上国への脱炭素技術の普及を通じて、実現した温室効果ガス排出削減への自国の貢献を定量的に評価し、NDC(注3)の達成に活用する制度です。例えば、日本とインドネシア間など、二国間で合意した方法論に沿って共同で排出削減や吸収拡大に取り組み、その成果をクレジットとして認証し、参加国間で配分したうえで、それぞれの国のNDC達成に活用できる仕組みです。日本はこれまで31か国とJCMを構築しています。(2026年2月時点)
例えば、インドネシアのように森林資源が豊富な国では、森林保全や再生を通じたCO2吸収が期待できるため、カーボンクレジット創出の有力な対象として注目されています。
シンガポールは、ベトナム、インドネシア、ブータンなど各国と連携し、資金を投じて排出削減プロジェクトを進めており、その削減分を自国のNDC達成に活用しようと取り組んでいます。

出典:経産省「JCM(二国間クレジット制度)」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/jcm/index.html
排出量データは、アジア域内取引における共通の基盤データとなりつつある
―アジアにおける炭素制度の広がりは、日本企業にどのような影響を与えますか。
白井:現在のアジアでは、カーボンプライシング、ISSB基準に基づく情報開示、カーボンクレジット創出という三つの動きが同時並行で本格化しています。日本の企業は、これらを相互に関係する潮流として理解し、戦略的に対応していくことが重要です。排出量データは、将来のアジア域内取引やサプライチェーン評価に影響する共通の基盤データとして着実に確立されつつあります。
国際ルールである「ISSB基準」で要求される排出量のデータと、アジアの政府規制のもとで義務化される排出量のデータが異なる設計思想で作られているため、グローバル展開する日本企業にとっては二重のデータ開示負担が生じる可能性があることから、日本企業にとっては、制度間の整合性を図りながら効率的なデータ管理体制を構築することが重要になります。
注1 ETS:Emissions Trading System/Schemeの略。排出量取引制度
注2 JCM:Joint Crediting Mechanismの略。二国間クレジット制度
注3 NDC:Nationally Determined Contributionの略。国が決定する貢献
(文責:ISBマーケティング株式会社)
コラムトップ
第1回「なぜ今、世界で「サステナビリティ情報開示」の統一ルールが必要なのか?」
第2回「温室効果ガス排出量が経営データに-国内制度の転換点「温対法」と「GX-ETS」、J-クレジットやJCMの活用」
第3回「EUの炭素国境調整措置「CBAM」が迫る国際基準の証跡管理と追加課税のリスク」
第5回「サステナビリティ情報開示の先進企業が「ビジネスチャンス」を生む」


