第3回 EUの炭素国境調整措置「CBAM」が迫る国際基準の証跡管理と追加課税のリスク

前回は、ETSや炭素税といったカーボンプライシングを解説しました。第3回は、EUが2026年から運用を開始した炭素国境調整措置「CBAM」と日本の企業に与える影響について、白井教授に解説していただきます。

第3回のポイント

・CBAMとは、EUが導入した関税制度であり、「カーボンリーケージ」を防ぐために、EU向け輸出製品を対象に排出量に応じた課税を行う制度。
・CBAMは、2026年から鉄鋼はじめとする6カテゴリを対象に運用開始され、対象製品は順次拡大の予定。
・EUにCBAM対象製品を輸出する企業は、EU基準に沿った排出量の算定や報告対応が必要。
・排出量データ管理は財務に直結する経営課題
・制度ごとに異なる排出量算定ルールを適切に整理したうえで、財務・非財務データを一元管理できるシステム基盤整備の重要性が増す。

慶應義塾大学総合政策学部教授
白井さゆり教授

CBAMとは

―EUでは「CBAM(注1)」が2026年から導入されています。どのような制度でしょうか?

白井: CBAMは、EU向けに輸出される製品について、製品単位での排出量データの提出を求め、その排出量に応じてEU側の輸入企業に「CBAM証書」の購入を義務付ける制度です。CBAM証書の価格はEU ETSの炭素価格と連動しており、実質的な炭素関税として機能します。そのため、排出量の多い製品ほどEU市場でのコスト負担が増加し、価格競争力にも影響を及ぼす可能性があります。

ここで重要なのは、「その企業がどれだけ排出したか」ではなく、「その製品を生産するためにどれだけ排出したか」という点です。同じ「排出量データ」であっても、温対法やGX-ETSとCBAMでは算定の考え方が異なることに注意が必要です。温対法やGX-ETSでは、主として事業所や施設ごとの排出実績を把握・管理します。一方、CBAMでは、製品1トン当たりの排出量が重視されます。

CBAMは、EU域内で排出する企業と、域外の企業がEU向けに輸出する製品とを同等に扱う考え方に基づいています。

その背景には、EU域内の厳しい規制を回避するために、企業が規制の緩い域外へ生産拠点を移転したり、排出量の多い安価な輸入品が増加したりすることを防ぐ狙いがあります。CBAMは、こうした「カーボンリーケージ」を抑制し、公平な競争条件を確保するための制度です。

出典:環境省「脱炭素ポータル 【有識者に聞く】炭素国境調整措置(CBAM)から読み解くカーボンプライシング」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/feature-02.html

―CBAMは具体的にはどのような仕組みで運用されているのでしょうか?

白井:CBAMは、2026年から本格導入されています。当面の対象となるのは、鉄鋼、アルミニウム、肥料、セメント、水素、電力の6カテゴリですが、2028年1月からは、自動車のドア、産業用ラジエーター、機械コンポーネント、鉄スクラップなど約180製品に対象品目が拡大される予定です。 先ほど指摘したように、EUの輸入者は、輸入する製品の排出量に応じて、「CBAM証書」をEUから購入する必要があります。証書の購入価格はEU ETSの取引価格と連動しています(2026年5月時点で1トン当たり75ユーロ程度)

出典:JETRO「EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)に備える」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0801/a48cfe7206a68970.html

CBAMの適用製品拡大による日本企業への影響

―日本企業におけるCBAMの影響について教えてください。

白井:現時点での対象製品ではCBAMの直接的な影響は、日本からの輸出量の観点では限定的とされていますが、対象製品の川下製品で適用が広がれば、大きな影響が出てくる可能性があります。

EUにCBAM対象製品を輸出している企業には、当該製品に関するCO2排出量の算定および報告が求められます。排出量の算定はEU ETSに整合した方法で行う必要があります。また、製品単位での排出管理が求められるため、燃料使用量、工程別のエネルギー投入量、生産量など、より詳細なデータの管理が必要になります。こうしたデータについて、算出根拠となるトレーサビリティ(製品の原料調達から廃棄に至る履歴を追跡できる状態)を十分に確保できない場合には、EUが定めるデフォルト値を用いることとなり、排出量計算上、不利になる可能性があります。

さらに、CBAMでは、輸入する企業が輸入製品の排出量に応じてCBAM証書を購入する必要があるため、EU市場での販売価格が上昇し、価格競争力が低下する可能性があります。結果として、輸出企業側に対して価格引き下げやコスト負担を求める動きにつながる可能性もあります。

加えて、EUに直接製品を輸出していない日本企業であっても、サプライチェーンを通じて排出量データの提出を求められる可能性があります。このため、CBAMは一部の輸出企業だけの問題ではなく、幅広い日本企業に影響を及ぼし得る制度として捉える必要があります。

企業における排出データのモニタリング管理の重要性

―日本企業は今後どのような準備をすべきでしょうか?

白井: CBAMもETSと同様に、CO2排出量データが追加コストや価格競争力に直接影響を与える制度です。アジア諸国の中には、将来的にCBAMに類似した仕組みの導入を検討している国もあります。こうした動きを踏まえると、企業は、今後の制度対応に備え、CBAMやETSで求められる水準の精度で排出量データを算定できる体制をあらかじめ整備しておくことが重要です。排出量を削減するためのサプライチェーンの見直しや技術の導入も必要になってくるでしょう。

また、国際制度であるCBAMと、国内制度であるGX-ETSとの整合性の問題もあります。制度ごとに異なる算定ルールに基づいて排出データを管理し、財務・非財務データを統合するシステムの重要性は増していくと考えられ、そのような機能を備えたERPへのニーズは今後高まると言えるでしょう。

注1 CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanismの略。炭素国境調整措置

(文責:ISBマーケティング株式会社)

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